あの人のことは、通勤途中に見かける。
もっと正確に言うと、会社からの帰り道に。
きっとわたしが働き始めてから、ずっとすれ違っていたのだと思う。
いつの日だったか、彼がわたしに向かって敬礼していたことに気がついた。
気のせいかなと思っていた。
たまたま、眩しかったから自分の目の上に手をかざしただけなのかも、と。
そのあと何週間かしたあとに、また彼がこっちを向いてニコリとしたように見えた。
気のせいだ気のせいだ。
その日から、彼のことを意識するようになってしまったわたし。
帰り道に彼がニコリとしてくれると、わたしも笑顔のお返しをする。
ある日わたしは、営業先からの帰りがちょうど渋滞まっしぐらの時間帯だったから、いつもの時間に帰ることができなかった。
当然、退社時刻も遅くなる。
というより、いつもの退社時刻になっても、まだ会社に帰ることができずに車の中で渋滞に紛れ込んでいたのだ。
その時ふと思ったこと。
「あぁ、今日はあの人に会えないなぁ。」
自分でもとっても驚いた。
あの人の存在が、わたしの中でこんな風になっているだなんて。
その数日後、また彼と会ったとき。
彼は、わたしを見るなりこれ以上できないのではというほどのスマイル全開で、手を思いっきり振ってくれた。
もちろん、わたしも大きく手を振ってお返しする。
けれど彼の声を聞くことはないだろう。
彼は、わたしが会社から帰る時にも仕事をしている最中なのだから。
一瞬、フロントガラス越しにすれ違うだけ。
いつか、彼が運転するバスに乗る日が来るだろうか。
その時は、いつもすれ違っている彼だということに気がつけるだろうか。
きっと、そうじゃない。
仕事帰りのわたしがあゆちゃんを聴きながらノリノリで道を歩いていているから
- 「なんかこいつおもしれーな。」
- 「おっ、幸せそうなルンルンの楽しそーなやつが歩いてるぞ。」
彼はそう思って笑顔になったのかもしれない。
常にハッピーをばら撒いているような存在でありたいなぁ。
そう、それはまるで「明るすぎるムーン」のように。
優しい歌を君にあげるよ
MOON(浜崎あゆみ)
with LOVE, nanapeko