君の膵臓(すいぞう)をたべたい。
このタイトルを聞いた時、あなたはどんな物語を想像したでしょうか。2017年、実写映画化された住野よるさんのデビュー小説。
タイトルだけ聞くとホラー小説若しくは動物が主人公の物語を想像していたかもしれません。
そんなことは至ってなくて、高校生の少年と少女の青春物語。恋愛ものというよりは、友情ものと呼ぶほうが的確な気がします。
この小説を読んでいちばん感じたのは選択することへの意識。
一日に何度もなんども無意識の選択をしていて、それが「今日」という一日となる。
- 「テキトウに」「なんとなく」と、意思なく優柔不断でいつも迷ってしまうのはなんてもったいないんだろう。
- これみんなにどう思われるかな、という妄想はなんてくだらないんだろう。
そんなことを再認識させてくれました。
※ ここから先は小説の感想を含めたネタバレもあるのでご注意ください。
「君の膵臓を食べたい」あらすじ
病院のロビーで、ソファの隅に置き去りにされていた一冊の本。本好きの僕がどんな本なのだろうと興味を持って開いたその本は、実は本ではなかった。
本に見えたそれは、膵臓(すいぞう)を患い余命宣告をされたクラスメイトの闘病日記だったのだ。
クラスでも目立った存在の明るい彼女と人に興味をもたずに本ばかり読んでいる僕が、ここで秘密を共有することになった。
そのことによって時間までも共有するようになり、僕の中で彼女の存在が大きくなってゆく。
そして彼女は、予期せぬ理由によってこの世を去ってしまう。
生きている今は忘れがちだけどほんとうはとっても大切なこと
選択するということ
違うよ。偶然じゃない。私達は、皆、自分で選んでここに来たの。
君と私がクラスが一緒だったのも、あの日病院にいたのも、偶然じゃない。運命なんかでもない。
君が今までしてきた選択と、私が今までしてきた選択が、私達を会わせたの。私達は、自分の意志で出会ったんだよ。
(p197) ※ 読みやすさを考慮して一部改行を加えています
毎日まいにち、わたしたちは選択の連続のなかで生きています。
暑い日差しの下を歩いて帰ってきて喉が渇いたとき。冷たい氷の入ったコーラを一気飲みするのか、常温のお茶をゆっくりと飲むのか。
読んでいる本が面白くてなかなかやめられない夜。お肌のゴールデンタイムだからとしおりを挟んで切り上げるのか、この勢いで最後まで読もうと徹夜するのか。
そういったすべての行動が自分で選ぶということ。そのひとつひとつが積み重なって、今がある。
当たり前なんですけど、この選択を無意識のうちにしていることが多いのではないでしょうか。
周りからの評価よりも大事な中身
友だちどうしの「僕」とクラスメイトの女の子がふたりで出かけた時、「私達周りからはカップルに見えるかな?」という女の子からの質問に対して、僕はこう言います。
見えたとして、本当のこととは違うんだから関係ないよ
(p41)
一見冷たく見えるかもしれませんが、とても深い。人の目線を気にするなと言う僕。まるで名書「星の王子さま」の名言の言い回しのようです。
「星の王子さま」の名言を知らない方は、こちらもどうぞ。
偶然か否か、小説の中では本を読まない彼女が唯一好きな本として「星の王子さま」を挙げています。
日常で人の目線を気にすることって意外と多いかもしれません。
- 上司や先輩が残っているから、とくに仕事はないけれど帰れない。
- こんなことしたらどう思われるかな…。
誰かの理想のかたちでいる必要なんてないということを忘れずに、自分のために堂々と生きていたいものです。
感謝の気持ち
誰もいないおうちに帰ってきて「ただいまー」という彼女。キョトンとする「僕」に対して彼女が言います。
今のは家に挨拶したの。私を育ててくれた大切な場所だよ。
(p168)
いつも帰ってきたら「ただいま」と言う習慣があるからなんとなく言うのではなくて、相手を思って発する言葉だからしっかりと意味を持つんですね。
あなたは今日、どんな思いで「ただいま」を言いましたか?
人を傷つけること
今まで人との関わりを持たず、ほとんど他人に興味を持たなかった「僕」のセリフをどうぞ。
知らなかった、誰かに怒りを向けることが、こんなに誰かを傷つけるなんて。こんなに自分を傷つけるなんて。
(p181)
他人に無関心だと気が付かなかった新しい感情が、人と関わっていくことにより生まれていくんです。
人を傷つけるということは自分が傷つくものなんだと知る。傷みを味わう。傷みを知って大きくなる。
それまで知らなかった感情を知ることでまたひとつ成長していきます。
他人とわかり合うこと
僕らの方向性が違うと、彼女がよく言った。
当たり前だった。
僕らは、同じ方向を見ていなかった。
ずっと、お互いを見ていたんだ。
(p297)
人との意見が食い違うということは往々にしてあります。たとえどんなに大切な人でもそう。
どうして意見が食い違うのか。それがわかったとき、考え方の違う相手を「受け入れる」ことが出来るのかもしれません。
生きるということ
生きるってのはね
きっと誰かと心を通わせること。そのものを指して、生きるって呼ぶんだよ。
(中略)
自分たった一人じゃ、自分がいるって分からない。誰かを好きなのに誰かを嫌いな私、誰かと一緒にいて楽しいのに誰かと一緒にいて鬱陶しいと思う私、そういう人と私の関係が、他の人じゃない、私が生きてるってことだと思う。
(中略)
まだ、ここに生きてる。だから人が生きてることには意味があるんだよ。自分で選んで、君も私も今ここで生きてるみたいに
(p222)
余命を宣告された彼女が生きるってどういうことかと聞かれてこう答えます。人とのかかわりを大切にしてきた彼女らしい答えです。
好きとか楽しいといった前向きな感情だけじゃなくて、反対の感情も持ち合わせていることがとても素直で良いですね。
そんな彼女が亡くなったあとの、「僕」の心の中。
誰しもの明日が保証されていないという事実をはきちがえていた。
(p255)
これがどういうことなのかは、ぜひ小説を読んでみてくださいね。
読後の感想
タイトルとキャッチコピーが強すぎる!?
読後、きっとこのタイトルに涙する
帯にしっかりとこう書かれていたので、きっと面白いトリックが隠されているんだろうなとワクワクしながら読み進めました。
が、正直いろんなところに疑問を抱えたまま読み終えてしまったというのが正直な感想。
少年・少女の青春+闘病+死とあれば、感情移入してしまうタイプの方は泣いてしまうだろうと思います。
そんなわけで、わたしも泣きました。(飛行機に乗ると映画を見てはCAさんに心配されるほど泣いてしまうタイプです)
笑えないジョーク、心地よくない言葉づかいと読みにくいセリフが残念
- オレンジの天ぷら
- エレベーターよりも下らない質問
こういう「意味のないことをサラッと流す」ような会話がポンポンと出てきて、頭の固いわたしにとっては「???」が飛びました。
余命を宣告された彼女の「もうすぐ死ぬ」系のジョークは実際に言われたらきついなぁということと、時折出てくる言葉づかいの悪さが気になるなぁと思いながら読みました。
でもこんな風にテンポや波長が合う人ってなかなか現れないだろうから、それだけお互いにとって大切な存在となっていくのは見て取れます。
未成年飲酒と病人の食事への配慮がほしい
いくら小説の中といえども、世に出てくる時に少し配慮があればなあと思ったのがこの2点。
飲酒シーンが数回登場したり、すい臓を悪くしている人が焼肉の食べ放題!??と驚いてしまいました。
僕の名前が気になってしょうがない
わたしだけじゃないはず。僕の名前が気になって集中力が落ちるという方は(笑)
他人が「僕」の名前を呼ぶセリフの中では、「◎◎くん」という固有名詞ではなく「【地味なクラスメイト】くん」「【仲良し】くん」などという表記がされています。
「僕」は名前を呼ばれると相手が自分のことをどう思っているのか想像するからだそうです。(他人の目線は気にしないはずなのに、ほんとうは気になっているのかも。)
この書き方、好みじゃなかったです(笑)。
特に最後のほうでは、彼女が僕のことをどう思っているのかわからない心境で【?????】という表記になりややこしいなあと思いました。
小説の途中には「僕」の名前のヒントが転がっています。
- 名字と名前それぞれから連想できる二人の作家がいるとあったり…
- (上記ヒントの直後に)太宰治とは名字も名前も違うと言っていたり…
- 「僕」の名前に続く伸ばし音が「ぁ」だったり(つまり最後の音が「あ段」)…
- 女の子が「僕」の名前について「君によくあってるよ」と言った後にダジャレみたいな仕掛けがあったり…
最後に彼女のお母さんに名前を聞かれた時にフルネームがわかるんですが、名前を隠していた割に「へえ〜そうかぁ・・・」とあっさりした印象。
もっと何かハッとする仕掛けが欲しかったなぁというのが本音です。
ただ、彼女と僕との間には名前に関連性をもたせたのかなと感じました。
彼女の死因に驚き
タイトルなどから彼女がいずれ死んでしまうんだろうなぁとは予想していましたが、亡くなった原因には驚きました。
きちんと伏線が張られていたんですけど、この展開は予想していなかったです。
おまけ 好きなセリフ
とくに心を動かされたというわけではないけれど、「僕」の中でも好きなセリフがこちら。
コーヒーに砂糖やミルクをやたらめったら入れるってのも、悪魔のやることだ。コーヒーはそのままで完成してるのに。
(p47)
高校生なのにブラックコーヒー飲めるって大人だなぁという気持ちと、こういう表現はセンスが無いとなかなか出来ない気がしていいなぁと思いました。
まとめ ストーリーそのものへの感動よりも「選択すること」「日々を大切に生きること」の重要さを改めて感じた
小説のストーリーという観点では、ちょっぴり物足りなさも感じられた作品でした。
しかしそれよりも、上記に紹介したように選択することの重要さ・今日を後悔しないように生きることの大切さを感じます。
- 今ここで、死んでしまうとして後悔することはないか?
- やっておきたかったなぁと心残りになっていることはないか?
- 今度やろうと放って置いていることはないか?
こんなふうに考えると特別なことをしていない一日を無駄にしてしまったと思う日もあるかもしれません。でも、彼女はこう言います。
何をしたかの差なんかで私の今日の価値は変わらない。
(p14)
生きている人間に与えられた時間は平等であり、その価値は誰が決めるものでもなく自分自身が決めること。
・・・けれど、人間はいつ死ぬかわからない。
健康だとしても病気だとしても。
毎日の選択で自分の今があるのだから、生きているうちにできる選択はできるだけ自分の都合の良いように―自分の人生がより良くなるように―していこう。
そう思うことができた作品でした。
with LOVE, nana