「英語が話せない!」ワーホリでよくある悩みと解決のキッカケ

「英語が話せない!」ワーホリでよくある悩みと解決のキッカケ


118H
ワーホリ中、英語が嫌になって帰りたくなったことが何度もあるnana(@nanapekota)です。

英語が話せない!英語が聞き取れない!っていう思いが強すぎて、誰とコミュニケーションしても楽しくなくて。こんなんだったら帰ろうかなと悩んでいたことがあります。なぜこの話を今ごろするのかというと、ちょうどそのことで悩んでいるお友だちがいて、思い出すきっかけになったから。

自分が今後似たような思いを抱えるかもしれないし、あのとき思っていたことを忘れないようにしようと思って書いておくことにしました。

Sponsored Link

ワーホリのきっかけ

なぜオーストラリアへワーホリに行きたかったのか。

それは、ただの憧れです。小さいころから、オーストラリアに関する記事や景色の写真を見て行ってみたいな〜って思っていたのが、いつの間にか「ちょっと生活してみたいなあ、でも留学はお金がないし勉強も好きじゃないし…」という、ちょっと手が届きそうだけどそこにあるのがちょうどいい、という憧れの位置でした。

 

dscn8401
Noosaのビーチ。自分の目で見られたときは本当に嬉しかった。

 

インターネットでオーストラリアの景色を検索してみていると、いろんな記事があって、読み進めていくうちにワーホリという制度を知りました。

これだ!と思ったわたしは即母親に電話をして、「だからオーストラリアへ行くね!」といって、下調べや貯金、準備などに1年半かけてついに5年間の警察官人生にさよなら。

たくさんの良き上司・同僚・同期に「またね。」と別れを告げ、ビューンとオーストラリアへ飛んだのです。

 

最初の1ヶ月 初めてのホームステイ、語学学校

dscn5964
オーストラリアでは、最初に12週間語学学校へ行きました。
最初の4週間はホームステイ。今でもおうちへお邪魔したり連絡を取り合っている、素敵なファミリーに恵まれました。

ホームステイしているときは、英語が話せないことよりも、初めての海外生活や見るものすべての新鮮さにワクワクが勝っていました。

ファミリーもとっても優しくて日本が好きなご家族だったので、たまにお豆腐を使ったごはんを出してくれたりと、とても暖かかったのでホームシックにもならなかったです。

 

2〜3ヶ月 シェアハウスでの共同生活

dscn7038
日本人限定のシェアハウスに住みました。まだまだ環境に慣れず知らない言葉も多すぎて怖かったので、語学学校で英語・おうちで日本語という環境を選びました。この時点で英語環境に飛びこんでも問題はないかと思いますが、チキンなわたし…

 

このころに、日本食レストラン、通常ジャパレスでホールのバイトを始めます。このときのスタッフはみんな日本人でしたが、とっても優しいし英語が出来る方々でしたので、たくさん学びました。アルバイト自体人生で初めてでしたので、レストランでのお仕事ももちろん初めて。お盆の持ち方や接客の仕方などとても丁寧に教えていただいたので感謝しています。

お客様はほとんどオージー。ここで英語で対話する楽しさを再発見。といっても、レストランで使う接客英語は決まった言葉が多いので、そう難しくありません。

 

そう言えばこの時期に、初めて「学校を自分の都合で休む」というのを経験しました。その理由は、カジノのランチブッフェへ行くため。それでもクソ真面目なわたしは、これって休んでいいの?ほんとにこの理由で休むの?と葛藤していました。

Sponsored Link

4〜8ヶ月 バナナファーム

dscn8710
3ヶ月で学校が終わり、いよいよファームへ。
学校では、同じくらいのレベルの子たちが同じクラスにいるわけで、ほんわかのんびりとしていました。しかしファームの町ではそんなわけにはいかない!

最終的にTullyという小さな村へ行きました。

バックパッカーに住みましたが、初めてのバッパーステイでルームメイトがイギリス人の男の子3人。学校を出て初めての環境で母国語が英語圏の彼らの会話を聞いて「英語が早すぎて全然何言ってるのかわからない!」とかなり落ち込みました。

 

さらに他の日本人の子たちや韓国・台湾・香港、英語圏以外のヨーロッパ出身のみんなの様子を見て「なんでこんなにみんな英語分かるの?」「どうやって友達作るんだっけ・・・」と、本当に毎日部屋に引きこもって超早寝・超早起き(そしてお仕事探しをして帰ってきてお昼寝)という生活をしていました。

 

 

しかし今振り返ってみると、なぜか到着した翌日にはみんなで出かけていました。

dscn8611
超大人数!まだ友達もいなかったけれど、この村を紹介してくれた人の友達(韓国人)が「あいつの友達なら、面倒見るから困ったときは頼ってよ。」って言ってくれたので心強かったです。

実際、この日のお出かけにも誘ってくれたし、晩御飯を毎日作って誘ってくれました。

実はTullyに引っ越してきてバッパーの一週間分の滞在費を払い終わったとき、オーストラリアの口座にあるお金は残り$20を切っていました…

当時は誰にも言っていなかったけれど、賭けでこの村へ来たようなものです。本当に彼らの御厚意には助けられました。

 

 

ちゃっかりお仕事ゲット

20120814-2
運良く日本人の子がお仕事を紹介してくれて、Tullyに来て5日目お仕事ゲット。

しかしファームでも、「なんでみんな英語が分かるの?」という意識ばかりが働いて、お仕事も楽しくないしなんでこんなことしてるの?オーストラリアの綺麗な景色を見たくてきたんじゃないの?ってネガティブオーラ全開だったでしょう。そりゃあ、誰も話しかけたくないよなあって、今なら思います。

 

 

なぜ?!?目が腫れて開かない!!!

ファームで働き始めて1ヶ月経った頃くらいに、左目が腫れて開かなくなりました・・・
キャッシュレスで見てもらえる病院はケアンズ。車で2時間半の距離だったのですが、ちょうどお出かけする人がいたので連れて行ってもらいました。帰りは次の日ということだったので、わたしもケアンズのバッパーに泊まることにしました。

バッパーで出会った台湾の子たちが本当にいい子たちで、チェックインしてからすぐ「ランチまだなら一緒に行かない?」って誘ってくれて、台湾人同士の二人が会話するときも、わたしの前では英語を使ってくれたりと、1人ぽつんとならないように配慮してくれました。

そのときに英語で話して楽しむことを思い出したのです。

dscn8867
二人との時間はとても短かったけれど、とっても有意義でした。

 

 頑固に引きこもる日々にピリオドを打つ。

Tullyに帰ってくるとやはり引きこもり生活。この頃はお仕事から帰ってきたら、ご飯食べてすぐ寝ていました。ネガティブになりながらもあゆちゃんを聞いて自分を励ます。なぜか、

「せっかく来たんだからセカンドとって2年滞在してやる」

っていう意思だけはあったのです。

英語が聞きとれない・話せないということに対してどうしたらいいのかを考えるよりも、このときはただの意地で時間が流れるのをひたすら待つという感じでした。

ちょうど病院へ行くのに出かけた日、新しい日本人の女の子がルームメイトとして入ってきました。

この子がわたしの引きこもり生活を終えさせてくれたのです。
いつも、「ご飯食べよー」「ちょっとこっちで話そー」とかってみんなのいる場に連れてきてくれたのです。

 

ある日は登山もしました。

dscn9041
 

この子のおかげでだんだん外へ出るようになったわけですが、それと同時に英語を話すことももちろん増え、「友達と話すのが楽しい」という当たり前の英語が伸びる源を取り戻すことができたのです。

 

 

 

 ワークバッパーのパブはみんなの溜まり場

バッパーの1階はパブなので、お仕事が終わってから木曜以降の週末の夜はみんなで飲んだりもしていました。

rscn1494
それでもずーっと自信のなさはとれなくて、楽しいという気持ちが勝りつつもモヤモヤとした何かが心に引っかかっていました。

 

9ヶ月目 偶然の出会いが心を動かす

dscn11606
やがてTullyを去る日が来て、仲良くしてくれたみんなとはいったんお別れ。

 

Tullyを出た後に旅行中のアメリカ人の方と出会いました。

彼は日本や日本の文化が好きだから話がしたいと言って、ディナーに誘ってくれました。
英語を話すいいきっかけだと思って、お誘いに乗りました。どちらかというと英語が話せないことへの自信のなさをテーマにしたお悩み相談をしてもらうことになったのですが、そこで彼はこんなことを言ったのです。

 

 

僕は、君が話している英語で、何を言っているのかわかるよ。
君だって、僕の言っていることがわかるから今こうして一緒にご飯を食べているよね。

 

僕はネイティブだから、君の英語に多少の間違いがあっても汲み取れる。
もしわからないことがあったら聞き直すし、まだわからなかったら違う表現に変えたり簡単な単語を探す。

 

それでもダメだったら、違う話題にすればいい。
二人が楽しいと思う話をすればいい。

 

一つのわからないことにこだわって説明して楽しくないなら、きっと大した話でもないんだし、次の話題へ行こうよ。

どうしても大切なことなら、辞書を使ったりどうにかしてお互い伝え合って理解するけれど、会話の中にそんなに伝えなければならないことっていくつもないよ。

 

だから、英語で話して君が楽しいって思っていることが大切だよ。

文法とか間違いを気にして楽しめないなら、間違ってても楽しいほうがいいでしょ?

 

今、僕の伝えたいことわかったよね?

この時彼の言葉がすっと心に落ちました。そうだ。コミュニケーションとは、そういうこと。

当たり前なのかもしれないのだけれど、このときの自信のないわたしにとって、直接この言葉を言ってくれて気づかせてくれてハッとしました。

ビジネスやテストに使うわけじゃないんだから、間違ったっていいか。

冗談言い合ったり、面白いと思えるくらい相手の英語がわかるようになったんだって、少しずつでもプラスのところを見つけていこうと思えるようになりました。

こう思えたのが、ワーホリ9ヶ月目。

とっても遅いけれど、気がつけてよかったって思っています。

 

 

あの頃を振り返る

dscn11603
Tullyで一人引きこもっていた頃。本当に帰りたくなったことも毎日のようにあったけれど、謎の「帰ったら負けだ」という意思のおかげでセカンドビザが取れました。

モチベーションが何であれ、あのとき帰らずに我慢できた自分えらいって思います。

 

あの時もやっぱり、助けてくれたあゆちゃんありがとう。

 

これは今では仲良しな日本人の女の子から、後から聞いた話。「Nanaちゃんは最初から韓国人と一緒にいたから、日本人と絡まないようにしているのかと思っていたよ。」

一人だと思っていたけれど他の人の目にはそういう風に写っていたのか。それほどに、韓国人の彼らは支えてくれていたのか。とまた新たな発見もできました。

 

葛藤していた期間は少し長かったけれど、いろんな人との関わりでいろんな事に気がつく事ができています。それは、もちろん今でもそうです。

周りにいる人、遠くから見守ってくれている人、いつもいつも味方でいてくれる人、本当にありがとう

 

 

with LOVE, nana
Sponsored Link
icon-thumbs-o-up おすすめ記事セレクション icon-thumbs-o-up
 
こんなに本格的なのに無料!グッドポイント診断!自分の強みと長所を知って自信をつける方法 おすすめクレジットカード!旅好き必見。マイルを貯めるなら持っておきたい年会費1万円以下のカード5選 知らなきゃ損!Amazonプライムの魅力的すぎる特典を無料で試してみるべし。
icon-plane 海外ライフと国際恋愛 icon-plane
国際恋愛って、どうなのよ?言葉も文化も違う外国人との恋は大変なのか。日本が嫌なわけでもないのに海外に飛び出した女は、海外で幸せになったのか?
icon-music あゆファンのあなたへ icon-music
【浜崎あゆみ】おすすめ!これだけは外せない厳選19曲。人気の定番曲から隠れ名曲まで【浜崎あゆみ】シンデレラのストーリーをあゆファンが綴ってみました